ふゆ日常☃︎

阿部くん、明日は晴れますか? 🕊 @17_ryo__

阿部さんが “あざとい” といわれること

 

 

最近よく目にする“あざとい“という言葉。

 

私にとっては、武器をわざとらしく演出する狡賢くて小悪魔的な印象をその言葉に感じていた。あざといと言われる行動やその人自身に対して違和感や不快感はないし、純粋に可愛らしいな 愛らしいな と思ってた。

 

 

でも私の場合、阿部くんにその言葉が使われることだけは、なぜだかずっと腑に落ちなかった。

 

 

“あざとい“という言葉で、阿部くんの“アイドル“としてした振る舞いが、なんだか全部隠されてしまってるような気がした。私の言葉に対する解釈違い或いは浅学が故の知識不足かもしれないけれど、前述した“わざと“という印象と、阿部くんの“自然“で且つきっと該当する行動に対しては“無意識“に受け取れる行動が 自分の中で相反するものだった。たちの悪さみたいなものは一切なく、もっと純度が高くてやさしく笑う阿部さんとは結びつかないような気がした。たとえ阿部くんがアイドルとして“わざと“とった行動があったとしても、そこには誰かを貶めようとか自分だけ有利にって意味が含まれていないと思っていて。阿部くんの“アイドルとしてどう振舞ったらファンの人は喜んでくれるかな“って気持ちが土台でできた姿は あざとい と重ならないような気がしていた。阿部くん自身が“あざとい“を武器にしていると思えなかったから、尚更腑に落ちなかった。

 

 

だから“あざとい“や“女子アナ“という言葉を阿部くんに向ける言葉として選びたいとは思わなかった。阿部くんが「ああかな、こうかな」「こうしたらファンの人喜んでくれるかな」ってきっと頭の中で沢山考えて選んだ選択を安易な言葉で纏めたくないなって思うから。阿部くんが作り上げた“アイドル阿部亮平“を私なりに、一緒に大切にしたいと思うから。

 

“あざとい“という言葉を向けられているのを目にする度、阿部くんの本当に見せたい姿がその言葉で隠されていないといいなと思う時が度々あった。特にパフォーマンス中に関しては、その気持ちを一層強めた。求められるニーズを誰よりも汲み取ろうとしてくれる優しい人だから本当の気持ちをしまい込んでしまわないといいなって。芯のブレない阿部くんのままでいられたらいいなって。

「阿部くんの魅せたいアイドル阿部亮平くんが一番だよ。世界一、宇宙一。どんな形でも阿部くんが望んで作り上げた形が一番だよ」

そう思いながら、言葉の柵に阿部くんのいる場所が居心地の悪いものに変わってしまわないか 余計な心配をした。パフォーマンス以外の時にその言葉を向けられているときも、阿部くんを褒める言葉や愛らしさから派生する言葉ががその言葉で埋め尽くされるのはなんだか違うなぁと勝手に違和感を覚えた。阿部くんの無意識を、無意識のまま捉えていたから、何かする度に決まり文句かのように繰り出すその言葉に「違うよ!」って何故か私が反論したくなるときもあった。(お前誰やねんとは私もめっちゃ思う)

 

 

そんな風に一人で言葉に対して葛藤しているとき、阿部くんからあざといと言われることに対して言及された記事が発売された。

みんなが僕を“あざとい“ということもあるけど、意味をわかって言っているのかな?漢字で「小聡明い」と書くこの言葉は、世間的によく“ぶりっ子“という意味で使われていると思うんだけど、正確には『押しが強い』『小利口』っていう2つの意味があって。俺にこの言葉が使われるならば『小利口』の意味の方があってると思う。アイドルって、あざとくてナンボでしょう。アイドルとして自分の魅力を出すことに長けていると思われていれば、誰に何を言われてもいいかなって思います。でもきっと漢字でどう書くかも知らないでしょ?一度調べてから言ってねって言いたいです(笑)

ーstagefan Vol.9-

 

この記事を読んで、阿部くんの気持ちが知れた嬉しさと同時に、世間的イメージが本来の意味と反すること、またその歪んだイメージを自分に向けられているならば違うのではないかと受け取っている印象を受けた。勿論これは私の勝手な解釈で、阿部くん自身が本当はどう思っているかはわからないけれど、阿部くんもその言葉が自分に向けられていることに対して違和感があったのかな なんて考えた。だってどう考えてもいつもの阿部くんの口調というか言葉の使い方ではないから。意味の理解の確認→世間的イメージ→実際の意味→自分の意見 で構成された文章は根拠から理屈立てて話す理系あるあるなキレ方な気がする。阿部くんの意見を見て、「アイドルと結びつくのは実際の意味である」と阿部くんは考えているのだと思った。つまりは前述した通りだけれど、

あざといの世間的イメージ≠自分 

なのではないかと考えているように思えた。

 

世の中には“あざとい“を売りにするアイドルって沢山いると思う。勿論それは阿部くんの話す世間的イメージの印象を利用して。その世間的イメージに乗っかって、それを武器にしているような。きっとそこまで含めて小聡明いなのだろうなと思う。

 

でも阿部くんってその世間的イメージを利用して立ち振舞っているようには見えないというか、あざとく見せようみたいなつもりはないんだろうなって凄く伝わる。何より、アイドルという職業をキラキラした目で見つめる阿部くんだから、きっと阿部くんに映る“アイドル“の姿なのだろうなぁって。すの日常とか、きちんと精読すると凄くそれが伝わってくる。阿部くんの重ねた生身の文字がその証拠だなと思う。私は阿部くんのアイドルを心に映す形が凄く好き。阿部くんが見つめたアイドルはどれも本当に眩しくて綺麗だったんだね、って感じるような立ち振る舞いをしてくれる。阿部くんの触れたもの、触れた人、触れた空間 きっとどれも本当に綺麗だったんだろうなぁって、一緒の景色を共有していなくても、なんかね、思っちゃうようなそんな振る舞いをしてくれる人だと思う。

 

 

 

そんな気持ちを陰ながら抱えていた私は、依然として阿部くんに向けられるあざといという言葉に、違和感を抱えたままだった。

 

そんな中発売された雑誌(ポポロ5月号)での“あざとい“を取り上げた企画。私ね、宝物を抱えるようにして家に帰った。少し記事を読んで、嬉しくてなんかちょっぴり泣きそうになりながら、「これは絶対大切に書き残す!」と意気込んで、急いでレジに行って大事にぎゅっとしながらね、お家に帰ったの。

 

俺は、正直自分があざといかどうかは正直わからなくて。ただマジメにアイドルやっているっていうだけだから

 

でも、それがあざとくていいと言ってもらえるのであれば、俺はもうあざといでいいやっていう

 

これが阿部くんの、あざといと阿部くんを結んだ解だと思った。文中でラウちゃんが「阿部ちゃんは人としてやさしいから、計算がいっさいないんだよ」と話していたことも凄く綺麗に自分の中で重なるなと思った。私は阿部くんのことを全然知らない。きっと私が知っているのは、阿部くんが見せてくれるほんの一部だけ。それでも阿部くんだけを自分なりに真っ直ぐ見つめている、と胸を張って言える。だから今まで私が目にした阿部くんが、ラウちゃんの話す「計算がいっさいない」と本当に綺麗に重なることは凄く大きな確証だと思った。

 

 

またこの記事の中でラウちゃんと佐久間くんの考え方が凄く素敵だなと思ったのでここに☺︎

「あざといっていうのは、アイドルという括りのなかのひとつのアイテムだから。各々タイプがあって、ふだんあえて引き算をしておくことで、足し算したときにグッとくるタイプもいれば、佐久間くんみたいに、足し算で畳みかけてくれる寄り添い方もあると思うの。」

「(あざとくて得したこと•損したことは?)俺もないかなぁ。というか、得をもたらす側の人間なんでね。自分が得ようなんて思ってませんよ。もしかしたら、知らないうちに自分のあざとさがファンの方々を幸せにしてるかもしれないけどね。俺、ファンの方が得してくれるっていうのがいちばん強いと思うの」

ーラウちゃんー

 

「“どこにそういう要素があったら萌える”とか、いろいろとあるからね。それをわかったうえで、ファンの方が求めるレベルを超えたものをつねに提供しまくっていきたいな。」

「ファンのみんな以外にあざといことをしてるわけじゃないからね」

「かわいいっていうのも、結局はファンのみんなに向けてなのよ。」

ー佐久間くんー

 

 

 

阿部くん、ラウちゃん、佐久間くんの対談を読んで、あざといという概念は必ずしも1つの形ではないのだと思った。あざとい自覚を持ってそれを武器に誰かに得をもたらそうとする人、あざといがくれる幸福を理解して同じように乃至はそれ以上に幸福を配る人、あざとい自覚を持たず自分の思い描く立ち振る舞いをする人。でも共通してこれらの中には“やさしさ“と“強さ“があるなと思った。自分の意志の強さと、思い描く先にいる誰かに笑顔を届けようとするやさしさがあるなって。この対談を宝物になると確信したのは、阿部くんからの意見だけじゃなく、阿部くんの周りにいるやさしい味方の意見が温かくそこにあるから。そして私自身の“あざとい“という言葉の解釈を、3人がアップデートしてくれたから。ご本人がその言葉を受け取る或いは使うことに対してプラスの印象がそこにあって、そう振る舞う先には自分の得ではなくファンの得を思い描いている。あまりにやさしい“あざとい“の形だなって。

 

近年多くの場面で使われてきたこの“あざとい“という言葉は、きっといろんな解釈の仕方があると思う。使う人によって、言葉に含む意味を変えるのかなって。だから私が影響を受けた3人とは違った捉え方もきっと沢山あるのだろうなぁ。そんな中で、私はこの人たちの使う“あざとい“が好きだなと思います。

 

ただそれでも、私が阿部くんに対して“あざとい“を使うことは相変わらずないと思う。阿部くんが無自覚であること、そして私も阿部くんがあざといということに対して無自覚であるから。「マジメにアイドルしてる」と話す阿部くんは、マジメにアイドルしてる と思うから。

 

でも、以前あざといという言葉を向けられていることに違和感を感じていた時は正直マイナスの印象があったけれど、今はその言葉に対する印象もプラスの印象に変わりつつある。なんせ私は、基本的にご本人がよければそれでよいのではタイプ(?)の人間なので、本人の中にプラスの印象があるなら私もそれでいいな〜なんて思う(安易)

 

 

どうか今日も、阿部くんが阿部くんの思い描く姿でそこに立てますように。阿部くんの思うアイドル像へ近づけますように。誰にどんな言葉を重ねられても、そこにいる阿部くんが思ったことが全ての答えだと思います。私も解釈違いに受け取っていたら、本当に申し訳ないけれど、それに気がつくたびに私も応援の仕方をアップデートしていけたらいいな。

 

どうか阿部くんが世界一、楽しく、幸せに、そして健康に アイドルでいられますように。

 

人の心のお天気を晴天にする阿部くんの心も、どうか晴天でありますように☀︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

追記

本文と一緒に書くと内容が散らばると思って書き残さなかったけれど、grandeurのマルチアングルに映る阿部くんは、「あざとい」と言われることを楽しんでいるように見えて 凄くかっこよかった。言葉の先にいる阿部くんかっこいいなぁって思った。言葉を手のひらで転がしてる感じというか。言葉に覆われてない阿部くん、本当にかっこいいなって。あざといという言葉に、わざと乗っかる阿部くんは最強に小聡明いを使いこなせる人だと思いました!

 

 

追記 2

無意識の行動に対してその言葉を使うつもりは全くないけど、阿部さんがその言葉が貰えることを期待してとった行動に対しては「わ〜やられた〜あざと選手権NO.1です豪華賞金1000万円です🙇‍♀️💸」といった気持ちです

阿部さんのことをあざといとは思わないけど、企画の趣旨に沿うためにあざといに近付こうと頑張ってる阿部さん世界一愛らしいし「すごいね〜阿部くんあざといね〜上手だね〜☺️」とほこほこしております。

ということで、月間テレビジョン 5月号vol.318がひたすらに愛らしい阿部くんでした!!!!!

 

 

追記 3

本文を書き終えた時点では、まだ読み終えていなかったので触れていない阿部さんの言葉

「あざといは流行語のようになっているし、僕のひとつのきゃらにもなっていますよね。自分ではあざといかどうかはわからないのですが、それを1つの魅力として受け取ってもらえるのであれば、全然いいかなって思っています。かと言って、俺としては真面目にアイドルをやっているだけなので、もしここであざといことをやってください!と言われてもできないんですけど(笑)そういう意味で戸惑いもあるけど、求められるということは、自分の魅力のひとつなんだろうと思うし、たまにやるかっこいいこととのギャップも生まれるのかな、って。グループとしての魅力について考えた時にも、いくつかの面があったほうがいいと思うんです。例えば『Big Bang Sweet』はかわいらしい曲だけど、振り付けの中には可愛いだけではなくスタイリッシュなところもはいっていたりしますよね。いろいろな面を見せることで、自分の理想のアイドル像に近づけるのかなっていう思いがあります。」

ーSODA 5月号ー